2016年5月 山口100萩往還マラニック 250km:その2

午前6時前に海湧食堂を出ると、ものすごい強風で押し戻されそうになる。ザックからモンベルのウインドジャケット(ペラペラの軽いウインドブレーカー)を引っ張り出して着込む。寒がりの私でも昨晩は着ずに済んだけれど、今日一日はお世話になりそうだ。海沿いの車道脇の歩道を登っていたら20mほど前にいた女性ランナーの帽子がものすごい強風のせいでこちらに飛ばされてきた。とっさに足を出してしまったがそれも届かず、慌てて追いかけてなんとか取り押さえる。私がいなかったら海まで飛ばされていたと思う。女性に手渡すと「おかしぃー!」と笑いが止まらない様子。私はちっともおかしくなかったが、一晩完徹していきなりこんな強風にさらされて、精神的に少しハイになっているのかもしれない。とにかく風が強いので、ちょっと走っては歩く、の繰り返しが続く。一気にペースが落ちた。CP2で足指のテーピングを巻き直したがそれが厚過ぎたのか、右足シューズ内がきつく感じられて違和感ありあり。でも今更テープは外せない。こんな強風の中、立ち止まってなにかを為すこと自体が無理。左側に目をやれば、海の景色が素晴らしい。晴れていればもっと素晴らしいのだろうが、今は空一面を不吉な雨雲が覆っている。この不吉な雨雲から逃げたいところだが、むしろその方向に進んでいる。

海湧食堂までは海沿いに南から北上するコース、食堂で左折して西進、ちょうど油谷湾を陸地がコの字型に囲っている風光明媚な景勝地。久津港分岐点の右側の道はきつい登りで「あれを登るのか」と一瞬滅入ったがコースに石灰で左折して下るよう表示してある。ラッキー!とばかりに下って民家を越えると港に出た。農協のある三叉路を右へ進むとCP4の沖田食堂に出る。けれどもその前にCP3俵島の周回コースが待っているので左へ進むと、周回コースの往復道となりランナーがすれ違う区間になる。小雨の降りしきる中、一人黙々と俵島に向かっているとポツポツと早々に俵島周回を終えたツワモノ達が戻ってくる。みんなすれ違う際に声をかけてくれたり、目を合わせて「ファイトです!」という視線や笑顔を送ってくれる。これが本当に嬉しい。みんなライバルではなくて同じ戦いに挑んでいる仲間なんだ、と思わせてくれる。
寒くてノドも乾いていないため大浦港の私設エイドは笑顔でパス。いよいよ俵島周回に入ると車1台がやっと通れるくらいの狭い登りが始まる。とても全部は走れない。「いいね、いいね、やっとウルトラらしくなってきた」と内心喜んで歩き走りを繰り返す。ここのCPは無人で見落とし易いらしいため、左右に視線を配りながら注意して進む。前にいたランナーさんに聞いてみると「まだなかったと思いますよ」と言われてちょっと安心。その前方のランナーさんも同じ回答。二人をやり過ごしてしばらく進むと道路脇に「萩往還マラニック」の緑の幟が風にたなびいており、果たして無事にCP3 俵島を発見。98.5km地点の到着時間は午前7:28。チェックシートにしっかりとパンチ跡が残るように渾身の力で握る。

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ご存知の方も多いでしょうが、14箇所あるCPのパンチは一つ一つ形が異なっている(おそらく不正防止のため)。確かに単なる穴じゃ自分で開けられるから。それだけにしっかり正しくシートに穴が開いたかを確認する必要がある。
そこから少し行った展望ポイントで一緒にいたランナーさんに本物の俵島をバックに写真を撮ってもらう。本物、というのは実は我々が走っているのは油谷島という島で、その先にある海に突き出た小山が本物の俵島である。しかしながら萩往還ではもはや油谷島が俵島と認識されており、「俵島周回」とか「俵島チェックポイント」と呼ばれている。「昔からそう呼んでるから今更変えられないよねぇ(笑)」とそういえば誰かが言っていた。

快調に俵島周回を終え、往復道を戻りながらすれ違うランナーの中に見知った顔を探していると千葉県のAさんを見つけた。この方、私のウルトラの師匠の師匠みたいな存在で過去いろんな大会でお会いしている。お年は60歳代半ばながらもとにかく強い。「お久ぶりです~、というか4月の彩湖70kmでもお会いしてますけど」と立ち止って話しかけたら、「おー、いいからどんどん先行って!」と発破をかけられた。農協三叉路まで戻って左折、暑ければ農協で何か買ってもよいのだろうが、相変わらず雨が降っているのでそのままパスして前へ進む。ここからきつい坂が始まるが上りはなんなく走れる。問題は下り。すでに右足の指全体に違和感というか窮屈感あり。ここで福岡県のWさんに再度追い付いてパスさせて頂く。前日のセミナーで「不調こそ我が実力」とおっしゃっていたパネラーのTさんにも追い付く。「お話、爆笑させて頂きました」と話しかけてみたらいろいろ裏話を教えてくれました。更に前を行くと、今度はワラーチ(サンダルみたいの)で走っている女性を発見。「よくもそんなシューズ(と呼んでいいのか?)で250km走れますね」と内心驚きを隠せない。話を聞いてみると、ワラーチのメリットは「正しい姿勢で走れる」「かかとで着地しないので故障が少ない」「靴擦れやマメが出来ない」とのこと。2000-3000円の材料費で自作出来るらしいが不器用な私には無理そう。そもそも250kmも走っている間にヒモが切れたりゴム底が破けたらどうなるのだろうか。「高いシューズを買わなくてもよいのもメリットですよね」と聞いてみたら「それもありますねぇ~」とおっしゃっていました。沖田食堂への分岐直前でもう一人、今度は男性のワラーチランナーを発見。ペアで参加されているらしい。その男性は右手にレジ袋を提げて走っている。「なんで背負わずに、それもあんなにたくさんの何かを持って走っているのだろうか」と訝りながら近づいてみると、なんとその方は空き缶などゴミ拾いをしながら走っていた。す、すごい!ちょっと感動。次のCP沖田食堂で、手慣れた感じでそのゴミを萩往還スタッフに手渡していました。

分岐を左折すると下りの急坂が始まるが、もはや足指が痛くて下りは走らず歩く。もったいないくらい下りに下るとCP4 川尻岬・沖田食堂:107.8km、到着は午前8:37。とうとう100kmを超えた。ここは食事ポイントでカレーを頂く。萩往還250kmでは有難いことにつごう3回カレーを食べるチャンスがある。食堂にはランナーが10人ほどいて、そのほとんどがカレー&ビールを楽しんでいた。よくもまぁ、徹夜明けで雨中を走ってきてビールが飲めるねぇ、と嬉しく驚く。超ウルトラランナーってこんな人種が多い。

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結局15分以上滞在してしまい、よっこらしょと食堂を出て急坂を登る。登り切った三叉路の自販機で水分補給をしていたら雨脚がものすごいことになってきた。強風と豪雨でまるで台風のようだ。いや、本当に季節外れの台風がやってきたのかもしれない。一気に濡れて寒い。ここで早くもフル装備となることを決心。雨の中、上半身脱いでファイントラックのインナー、それからTシャツ&アームウォーマーに手袋、モンベルウインドジャケット、そして今回の萩往還のために購入したモンベルトームクルーザー(雨具兼防寒着のゴア仕様)。4枚も着込んだ。しかしストームクルーザーはすごい。横殴りの雨もなんのその、まったく水を通さずはじきまくる。さぁ、かかってこい!と思った矢先にものすごい強風で前に進めなくなる。よろけて側道に叩き落とされたらまずい。うわぁ...ゴメンなさい、と後ろ向きになって強風をやり過ごす。
とりあえずこの時点で持てる装備は出し切った。本日の装備は、あとは現金、クレカ、ナナコカードセブンイレブンが多そうなので)、保険証。ティッシュペーパー、非常食(スポーツ羊羹2本)、眠気覚ましのガム(クロレッツの黒)とアメ。ワセリン、テーピング、キズパワーパッド、絆創膏(大)。リップクリーム、予備コンタクトレンズ、予備ピン、洗濯バサミ(全く使わなかった)。iPodシャッフル、ヘッドライト、点滅ライト(赤)、指ライトとそれぞれの予備電池、USBバッテリーは旧油谷中から持参。ショルダーハーネスの右に携帯、左にボトル、右脇ポケットに100均の折り畳みカップ(多数のランナーが同じものを携帯していた)。コース地図はジップロックに入れて持参、命の次に大事なチェックシートは大会から配布された紐付きビニールカバーに入れて首から下げておいた。雨具をザックの上から着ていた=ザックを雨から守っていたランナーが多かったが、自分は飲み物や携帯がすぐ取り出せないので真似しなかった。おかげでザック内もかなり濡れたがすべての持ち物をジップロックに入れてあったのでセーフだった。携帯電話もかなり濡れたけれど一応防水らしく最後まで大丈夫でした。

さて、川尻漁港までの下りはとんでもなく傾斜がきつい。港がはるか下方に見える。パネラーのTさんがスキーで滑降するようにものすごい勢いで下ってあっという間に豆粒になった、すごい。自分も足が生きていれば気持ちよく駆け下るんだけどなぁ、と負け惜しみを言いながらえっちらおっちらと足指をかばいながら下る。コースがまったく分からないので前方のランナーが視界から消えない程度のスピードを維持して前に進む。川尻漁港に下り着いたとき、一瞬デジャヴ感覚に襲われる。あれ、ここって俵島周回前の大浦港では...ちょうど同じような場所に私設エイドがあり思わず「さっき違う場所にいませんでしたか?」と聞いてしまった。「私たちずっとここに居ますよ(笑)」と言われる。これも徹夜ランのせいか。でも後戻りしたわけではないことが分かって安心。そこから強まる雨脚の中、痛む足指をかばいながら黙々と前進。進行方向に大きな岩が見えるとそれが目指す立石観音。CP5 立石観音:117.8km、到着が午前10:20。

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小さな売店が開いているが特に買いたいものは無い。ランナーは雨を避けるため漁港建物の下に避難している。雨脚は強くなる一方で、みんな無言。苦笑いで顔を見合わせるだけ。私設エイドがあるので「何か温かいものありませんか」と聞いてみたが、「ごめんなさ~い、これからお湯沸かします」とのこと。そうですよね、まさかここまで天候が悪化するとは思ってませんでしたよね。仕方なく自販機でホットの缶コーヒーを買う。
と、そのときちょっとした事件が。パネラーのTさん曰く「CP4の沖田食堂で押したはずのパンチの跡がシートに残っていない」とのこと。「しっかりと力を入れて押さなかったみたい...」あまりの出来事に一同言葉を失うが、Tさんは「今から沖田食堂まで10km戻ってもう一回パンチしてくる」と来た道を戻っていった。「Tさんならいける!」と別のパネラーさんが後ろから叫んでいた。でもこんな雨の中、往復20km走れるのだろうか。相当の体力と精神力が無いとやってられないはず。我々はただTさんの後ろ姿を見送るしかなかった。

なんだか気分が沈んだまま、とぼとぼと前進する。突如「頑張ってくださ~い」と傘を差して応援してくれる沿道の人に声をかけられるが、濡れネズミのまま苦笑いしか返せない。これは気分一新するしかないな、と思って眠気覚まし用に持参したiPodシャッフルを取り出してPower of Musicに頼ることにする。音楽を聴きながら口ずさみながら快調にランニングを再開。何人か、先行するランナーをパス、今まで走れなかった下り坂も快調に飛ばす。
と、そのときいきなり右足小指にものすごい違和感が走る。グジュッ!とまるで大きな毛虫を裸足で踏みつぶしてしまったような(実際踏んだことはないが)、突然なにかが指からすっぽ抜けたような感触がきて、そのあと激烈な痛みが全身を雷のように突き抜ける。ぐはぁぁ!という叫び声がノドの奥から飛び出して、スピードにのって下っていた坂の途中でもんどりうって倒れそうになる。雨の中、立ち止まったままマジで涙が出て視界がかすんだ。

どれくらい立ち止まっていたか分からないが、前方に私設エイドが見えたのでとりあえずそこまで歩く。椅子を貸して頂き右足シューズを脱ぐと、すでに靴下が赤く染まっていた。やはり毛虫を踏んだわけではなさそうだ。おそるおそるソックスを脱ぐと、右足小指のテーピングが血と体液でベトベトになっている。無理にテーピングを剥がすと爪と皮が一緒に剥けてとんでもないことになりそうなので、ハサミを借りてテーピングを切って慎重に剥いでいく。ちょっと剥ぐたびに背中に稲妻的痛みが走り声が出てしまう。どうやら血豆が破裂して指の皮全体が爪ごと剥けかけている。まるで脱皮中の昆虫のようだ。
どう処置すればよいのか途方にくれていると、エイドの方が「まず消毒しましょう」と消毒液を貸してくれた。こちらから「小さな絆創膏ありますか」と聞いてみると何枚も提供してくれた。それを消毒した脱皮中の小指に巻いていく。今ここで再度テーピングするよりマシなような気がした。
一連の処置を終えて、びしょ濡れの靴下を履き直す。痛い、はぁはぁ言いながら履く。こんなことで走れるのだろうか。その間にもどんどん後続ランナーに追い抜かれていく。しばらく考えた結果、これ以上いま出来ることはないとの結論に至った。痛みを無視して前に進むしかなさそうだ。痛みは耐え難いほどだったけれど「もう駄目だ」とか「リタイア」とかいう発想にはまったく至らなかった。とりあえず温かい味噌汁を頂いて御礼を言ってエイドを出た。しかしなんでもあるエイドだった。このエイドがこの場所になかったら間違いなくもっと悲惨なことになっていたと思う。感謝してもしきれないほどでした。

もうここからはひたすら歩く、それも右足を引きずるようなかなり遅いスピードで歩きながら戦略を練り直す。目標を48時間内完踏に切り替える。冷静に考えれば時間の余裕はまだある。予報によれば雨は夕方までには止むらしい。足指は回復はしないだろうが、これ以上悪化させないよう下りに気を付けるしかない。幸い、上りは走ってもあまり痛みを感じない。
とぼとぼ歩いて萩往還屈指の難所、千畳敷へのアタック地点に到着。左折すると確かに見上げるような坂だ。たとえ足指に問題がなくとも、雨が降っていなくとも、走って上るには傾斜がキツ過ぎる。よろよろと上る間に、同じく歩いている後続ランナーに追い抜かされる、あー、やるせない、本当は今頃気持ちよく走っているはずだったのに、内心惨めだった。

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CP6 千畳敷:125.4km、到着が12:20、距離的には全行程のちょうど中間地点にあたる。とりあえずパンチのあるところまで歩こうとするも、高台で風を遮るものがないためなかなか前に進めない。下りてきたランナーさんが「パンチ押すの大変ですよ」と教えてくれた。確かにチェックシートが風で飛ばないように片手で押さえつつ、それにパンチで穴を開けるのは非常に難しかった。風が一瞬弱まったタイミングを見計らってパンチング。Tさんのこともあるのでしっかりシートに穴が開いたことを何度も確認した。強風に押され転がるように千畳敷を出て、きつい下りの車道沿いをよろよろと歩く。そこで俵島周回で一緒だったランナーさん(ウェアの色から赤系ランナーさんと呼ぶ)に追い付かれ、つかず離れず進んでいく。右からの横風がものすごく、よろけて思わず道路の縁石に乗り上げるが、更に横に一二歩いったら「さようなら」となる斜面の存在に気付いて焦る。慌てて車道寄りを歩く。どうせこんな天気ならば車なんて来ない。下りでは赤系ランナーさんに引き離されるも、平地に下りてからはぴょこぴょこ走りでなんとか追い付く。結局ここから長門市内までの15kmくらいが一番風雨の厳しい時間帯となった。ちょっと前に進むとものすごい向かい風、ないしは横風で踏ん張らないと倒れそうになる。横風が叩きつけてくる雨粒が顔に当たると猛烈に痛い。まるで至近距離から豆か小石でも投げつけられたような痛み(投げつけられたことはないが)だった。周りのランナーは皆さんしっかり全身をウェアでカバーしていたが、私は上半身は完全防備ながらも下半身はユニクロ短パンのみで太ももから下は素肌のまま。ここに雨が当たっても痛いし、何よりも寒い。「低体温症に気を付けて」と赤系ランナーさんに言ってもらうがどうしようもない。つくづく旧油谷中学校でタイツを持参しなかった自分の判断が悔やまれる、というか自分の甘さに憤りさえ感じた。こんな大事な大会で、装備のこともよく考えず、天気予報もろくに調べず、シューズにしてももっと履き慣れたもの、サイズの大き目のものを準備すべきであった。準備さえしっかりしていれば、今頃(たぶん)快調に萩往還コースを走り続けていただろうに。

と、左側の建物から急に呼び止められるとそこが日置(へき)エイドだった。大雨でエイド前を閉め切っていたため気付かなかった。声をかけてもらわなかったらそのまま通り過ぎていたかもしれない、助かった。通過時刻を記帳してもらい、裏の休憩場所に移動してカップ麺、ドーナツ、ホットコーヒーを頂戴した。震えるような寒さの中、雨露しのげる場所で頂いたカップ麺は心底美味しかった。食べ終わってすぐに暴風雨の中に走り出る気にもなれず、かといって温まろうにも下半身はずぶ濡れで止まっているとむしろ冷えてくる。ここにきて強い眠気が何度も波のように襲ってくる。右足小指は相変わらず痛い。ここでしばらく留まるべきか、意を決して少しでも早く出発すべきか、しばらく悩んだ。その間にも他のランナーはさすがはツワモノぞろい、短時間で食事を終えると何事もなかったかのように暴風雨の中に戻っていく。どうすればいいのか、自問自答を繰り返す。

(まだつづく)