2016年5月 山口100萩往還マラニック 250km:その3

日置エイドで今後について思案中。問題点をまとめると、寒い、眠い、足指が痛い、関門時間の4つ。寒いのでここに留まって雨がやむのを待つか、しかしその前に体が冷え切ってしまう可能性大。痛いのは、もはやどうしようもない。関門時間は、今後更にペースが落ちることを考えると少しでも先を急ぐべき。眠気は、このまま放っておくとずっと苛まれる可能性がある。このエイドへの到着時間が午後1時半、周りのランナーによれば天気予報では午後6時までには雨はやむらしい。結論として、とりあえず10分間だけ目をつぶって仮眠した。体力や時間に余裕があればしばらく待って雨をやり過ごしてから走るという選択肢もあったが、これからどんどん足指は悪化していくだろうし、そうなれば制限時間を見る間に喰いつぶすだろう。あたりが暗くなれば更にスピードは落ちる。幸い10分間、目をつぶっていただけでも効果があったのか眠気は消えた。意を決して雨中に出ていく。いいエイドでした。日置エイドのおかげで先に進むことが出来ました。

コースは海沿いに出てひたすら平坦な国道191号線沿い、長門市内まで線路と平行に走る。相変わらず風がきつく、ゴォーっとくるたびに立ち止まってやり過ごさなくてはならない。「よくもこの嵐で大会が中止にならないな」と、あらためて「萩往還」という大会のすごさと自分たちが背負っている「自己責任」の重さを思い知る。そういえば日置エイドで誰かが「4月の桜道250kmも強風で中止になったけど、あのときよりもひどい天気だよ」と言っていたのが聞こえていた。
一応歩道はあるものの路面は荒れて傾斜しており、かなり水が溜まっている。もはやシューズ内も完全に濡れているのでよけてもよけなくても大差はないが、それでも気持ち的に水溜まりはよけて走りたい。結構交通量の多い車道で、たまに対向車が跳ね上げる水が顔まで当たる。ランナーとすれ違うのでスピードを落とそう、という発想は皆無のようだ。車内の運転手の目が「こいつら絶対おかしい!」と語っていた。確かに自分も車に乗っていたら間違いなくそう思うと思う。でも今は豪雨の中を足で走っている、現実として。

さすがに一人で歩き走りはつらいので、一緒にいたランナーさんに声をかけて併走させてもらった。山口県のWさん、萩市内在住で萩往還250kmを複数回完走されているとのこと。こんな豪雨の中、地図を広げる気にもなれないためコースを知っている方との併走は本当に心強い。単調な国道を正明市の交差点で右折してCP7 湯本温泉までの折り返しに入る。片道5km強、今の自分には長すぎる距離だ。Wさんと二人でトイレを探していたらGSがあったのでそこで借りることにした。聞いてみるとトイレは事務所内とのことで、濡れネズミの自分らが建物内に入るのは忍びないため諦めて出て行こうとしたら店員さんが「いいですよ、後で拭きますからどうぞ入って下さい」と、とても親切に言って下さった。そのうえ椅子まで貸して頂けたので、靴下を脱いで足指の状態を確認。先のエイドで巻いた絆創膏はとっくにふやけて外れていたのでテーピングで応急措置、それがベストとは思わないがそれしか選択肢がない。その際にキャップのつばから雨水がポタポタと床に垂れたが「どうぞ、気にしないで下さい」と優しい言葉をかけて頂く。多くの人に支えられていることをここでも実感した。
しかし、もはや右足小指がもう限界に近く痛みが半端ない。走れる時間が短くなってWさんとの差が徐々に開いていく。これ以上離されてはダメだ、なんとかする必要がある。今の自分に残っているのはもはや気合いだけ。「ここからCP湯本温泉までは何があっても歩かない!」と自分に誓ってスローペースながら走り始める。右足はまともに着地出来ないので、敢えてかかとから降ろす変則フォーム。すぐに右膝へのダメージが来て違和感が出るも無視。「痛みは無視出来る」これでいくしかない、だってそれしかない。Wさんの背中が大きくなり、やがてパスして他のランナーにも追い付いていく。なかなか見えてこないCPにじれるも、向かい側の歩道を行くランナーとエールを交わしながら少しずつ少しずつ前に進んでいく。右膝の違和感がやがて痛みに変わっていく。

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やっとたどり着いたCP7 湯本温泉:144.6km、到着は15:54。パンチを押し終えた我々にスタッフが話しかけてくる。「すでに聞いているかもしれませんが、悪天候のためコースが短縮になりました。CP8 静ヶ浦キャンプ場には行かず仙崎公園で折り返しになります」とのこと。それを聞いて力が抜けた。コース短縮となると250kmは走らないことになる。それは悔しかった。でもその分、完踏の可能性が高まって安心感が生まれたのも事実。関門時間も繰り上がるのか、といった詳細説明はまったくなし。「仙崎公園で聞いて下さい」とだけ言われる。
いつのまにか長時間にわたって我々を苦しめていた雨は止んで、強風も収まりつつあった。コース短縮を知らされた途端に天候が好転するとはあまりにも皮肉というか、それでもどことなくランナー達の表情には余裕の笑顔が生まれ、全体に安堵感が広がっていた。とにかく今は仙崎公園に進んで情報を仕入れるしかない。CP湯本温泉に向かう対向歩道にFさんの姿が見えたので「コース短縮になりました」とだけ車道越しに声をかけた。
現金なもので、正明市の交差点までの戻りは短く感じられたが、それも長く続かず右折してから海に面した仙崎公園までの3kmは長く感じられた。仙崎公園到着が17:10、ここでも特に詳しい話はなく、通過時刻が記帳されたのみ。どうやら距離だけ12km短縮されて関門時間はそのままであることが分かった。やはりランナー達の間には何処となく安堵感が漂っている。ちょうど静ヶ浦キャンプ場で供される予定だったカレーライスが業者の方々によって仙崎公園に持ち込まれたところであった。「今から温め直します」というのをそこにいたランナー全員一致の「そんなことはしなくてもいいから今すぐ食べたい!」という意見によって、食券と交換でカレーが配られた。豪雨の中を生き残った結果、コース短縮というご褒美をもらって食べるカレーは、少し複雑な気持ちはあるものの美味しかった。

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「こんな明るい時間に仙崎公園を出て宗頭に向かったことなんてないよ!」と興奮気味に語るWさんと宗頭文化センターを目指す。宗頭は第二の荷物引き渡し地点であり、食事・入浴・仮眠が出来る萩往還の最大にして最重要なレストステーションである。ここへの到着時間、ここでの過ごし方で250kmを完踏出来るかが決まると言われている。一般的には完踏するためには3日目の午前0時までの到着が目安らしい。仙崎公園から宗頭までは12kmなのでこのままいけば我々はかなり余裕を持って到着出来る見込みであった。
海沿いの道を進んで行き止まりを右折、そこから少し進んでまた右折してすぐ鋭角に左折、資材置場のような未舗装路を少し進んで右側の踏切を渡るとやっとまともな道路に出る。この区間は初めてのランナーにはかなり分かりづらい。ましてや夜だったらどうだろうか。コースを知っているWさんとの併走で本当に有り難かった。歩き走りを繰り返しているとWさんが振り返って民家の庭を指さす。見てみると背の高い庭木が真っ二つに折れていた。今日の強風のせいであることは間違いない。木が折れるほどの風だったのか。確かにこちらの気持ちも折れかけるほどのすごい風ではあったが。
途中にあった私設エイドで休息し、ローソンで食べ物を補充、あと4kmほどの宗頭がまだ見えてこない。日が暮れてあたりが夕闇に支配され始める。精神的にかなり苦しい時間帯が続く。「いま、世界のどの場所よりも行きたい場所、それは宗頭」と心の中で何度も繰り返す。Wさんに「まだですかね、そろそろ見覚えのある景色じゃありませんか」と聞いてみるも「こんなに明るい時間に走ったことないから覚えてないよ」と返される。
そしてやっとそれらしきものが遠くに見えてきた。赤い点滅灯、間違いない。萩往還という砂漠に存在する伝説のオアシス、宗頭文化センター:176.2km、到着は19:30。

預けていた荷物を受け取り、オニギリと味噌汁を頂く。畳敷きの食堂はそれほど混んではいない。初めて来たのでとりあえず建物の中を散策。お風呂も思ったより混んでいないし、お湯もまだきれいに見えた。入るか、誘惑に駆られる。いや、入ったら湯冷めして風邪をひきそうだ。結局、預けていたウェアに着替えるだけにとどめた。脱衣所で体をタオルで拭き、Tシャツ、下着、短パン、靴下を新しいものに変えた。新しいTシャツに付け替えたゼッケンは、すでに一度洗濯されたようによれよれだ。足指のテーピングを少しだけ補強。携帯の充電も完了。なにかを預けてザックを軽くすることが出来ればよいが、これから厳しい二晩目を越さなければならず、減らせる荷物は無い。

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そこでギョッとした。命の次に大事なチェックシートが見当たらない!首のまわりを慌ててまさぐるも指が空を切る、チェックシート入れの紐が無い!たしか脱衣場で体を拭いた際に外して脱衣棚に入れたはず。慌てて脱衣場に飛び込んで探すが、その棚はすでに他のランナーの荷物で埋まっている。チェックシート入れの裏には事務局がゼッケン番号と名前を貼り付けてくれているが、疲労困憊したランナーはそんなものをいちいち見ないだろう。誰かの着替えに紛れ込んだらもうゴールまで見つからないだろう。あー、終わった、萩往還。宗頭で突然終わった...頭を抱える。事務局にお願いしてアナウンスでもしてもらおうか。
待てよ、急いで自分の荷物まで戻って着替えを入れた預け袋をひっくり返してみたら...あった!命の次に大事なチェックシートが。急いで首にかけた。もう絶対に外さない、誰にも渡さない。滅茶苦茶焦った。今回はスタート前にも携帯を一時なくして焦った。もっと冷静かつ慎重にならなくては。と言っても、すでに24時間以上起きているので注意力は更に散漫にならざるを得ない。とにかく見つかってよかった。安堵感でどっと疲れが出た。腰が抜ける思いだった。

宗頭出発の前に、別棟の体育館を覗いてみると大勢のランナーが毛布にくるまって仮眠をとっていた。電気はこうこうと点いており、スタッフがひっきりなしに出入りして騒がしいが、疲れ切ったランナー達はそんなことはまるで別世界のことのように眠っている。皆さん、どれくらいの時間眠るのだろうか。日置エイドで10分間目を閉じただけでも楽になったことを思い出し、自分もまた10分間だけ眠ることにした。毛布の山から2枚引っ張り出して、1枚は床に敷き、もう1枚を体にかけ、携帯タイマーを10分間に合わせて寝てみた。目を閉じて意識を失った直後にタイマーが鳴り、こうなればあと1時間くらい眠るか、と一瞬考えるも「いやいや」と思い直して起き上がる。日時はちょうど5月3日の午後9時。ゴール地点まであと75km、持ち時間は21時間。普通に考えれば安全圏ではあるが、これから夜間走に入り、登りも多い。お化けが出る区間もあるらしい。そもそもコースもよく分かっていない。最後、萩市内からゴールまでの往還道は山道できつい。往還道を終えて残り3.5kmになるまで何が起こるかわからず、決して油断も安心も出来ない。

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毛布を返却し、スタッフの方々に御礼を言って外に出る。思いのほか寒い、でも行くしかない。

 

 

(まだまだつづく)