2016年5月 山口100萩往還マラニック 250km:その4

1時間半も滞在してしまったオアシス宗頭、再スタートの際に「一人にならないように」とスタッフの方から声をかけて頂く。宗頭から難所の鎖峠を越え、迷いやすいという三見駅周辺、そこからお化けが出るという噂のコースを通って玉江駅へ。玉江駅までたどり着けばゴールまでは9年前の140km大会で一度走っているので、なんとかなりそうな気がする。玉江駅までは誰かについていきたい。ちょうど前に集団で歩いているグループがいたのでその後ろにつく。そのうちの一人の方に「僕らゴールまで歩くペースで行きますけど、それでよかったら一緒に行きますか」と有難いお言葉を頂き、二つ返事で連れて行ってもらう。まさに渡りに船、地獄に仏とはこのことか。6人とも地元山口県出身で「試走もしているのでコースはばっちりです」とのこと、ますます有難し。宗頭から3kmほど行くとCP9 藤井商店:179.5km(ちなみにこれらの距離表示は実際には走っていない静ヶ浦キャンプ場往復距離も含む)、到着時間は21:50。歩きなので仕方がないけれど3kmに50分もかかってしまった。今後もこのペースだとどこかで余裕がなくなるかもしれない。

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藤井商店を左折していよいよ峠の上りに入る細い道。右側が沢らしく増水した流れの音がするが、ガードレールがないので危なくてのぞき込むことが出来ない。4人が先行して、自分は後ろの2人と一緒に歩く。宗頭で着替えて歯も磨いたので気分はすっきり、出来ればお目めもぱっちり、といきたいところだが、どうやら私も含めて3人とも猛烈な眠気に襲われている様子。歩いて坂を上っている間にいつのまにか目をつぶってしまう、危ない。立ち止まってお互い手持ちの食べ物を分け合って眠気を覚ます。私はクロレッツのブラックガムを配った。1個では物足りないので、2個まとめて頬張ってなんとか眠気をやり過ごす。おもむろに一番後ろを歩いている人がわめく。「なんか木の枝の間にたくさんサルがいる気がする」って、一匹もいないから!サルは夜行性じゃないから!今度は白っぽい土壌が露出した道路脇の斜面がたくさんの人の顔に見える。「おー、たしかに見える、見える」と3人で妙に感心する、おかしな精神状態が醸し出す不思議な時間帯。なんか僕らマズいことになってるみたい。

その後も背の高い草が人に見えたり、軽い幻覚に苛まれながらもなんとか上り切って国道に合流して右折、上り坂とはいえこの1.5kmに1時間も費やした。そこから更に上らされて1km先に鎖峠の表示が出る。一転、今度は延々下りが続くも足指が痛くてまったく走れない。とぼとぼと前の4人についていくのが精一杯。空を見上げると星が美しい。都会では見られない数の星が輝いている。不思議だ、こんなに眠くて足が痛いのに星を愛でる気持ちがまだ残っている。
途中の自販機でホットコーヒーを買って後ろの2人を待っていると、後続ランナー数名がパタパタと下りて来て颯爽と追い抜いていく。あー、下りをあんなスピードで走れるなんて羨ましい。今だけ足指を取り換えて欲しいくらい。なんとか坂を下り切るも、もう指の痛みが限界に達してシューズを履いていられない。立ち止まってシューズを脱いでしばし休憩、思わずためしに右足だけ靴下のままで走り出してみる。おー、なんて快適なんだ、もっと早くやっておけばよかった。なんて訳はなく、まったく慣れていないのでやっぱり足裏が痛い。仕方なく右足シューズの靴紐を極端に緩め、ぶかぶかにして履くことにする(このときにシューズの中敷きを外せば少しは楽になったのかもしれないが、最後までその発想には至らなかった)。そんな私を見かねたのか、チーム山口6人組の唯一の女性から「ロキソニン」を頂戴した。自分のこだわりとして薬には頼らない主義だが、もはや神にもすがりたい思いでこの鎮痛剤を1錠、流し込む。そのとき突然後方から大会運営車がやって来て「歩道を走って下さ~い」とランナーに声をかけていく。ちょっとびっくり。まさしくこんな真夜中にご苦労様です、と言うしかない。

前の4人にまたおいていかれ、3人で鋭角に左に曲がる橋の付近でちょっとだけ迷いながらもCP10 三見駅:188.6km、日付が変わって5/4(水)0:15に到着。残り時間はあと18時間。宗頭から12kmをひたすら歩いて3時間を費やした。ちょうどCPを出ていく山口組4人と入れ替わりにエイドステーションである駅舎に入り、ストーブで温まりながらカップヌードルを頂く。ノーマル、カレー、シーフードの3択から迷うことなくシーフードを選ぶ。本当はチリトマトが一番のお気に入りなのだが、今日は全部がお気に入り。「ハイ、どうぞ!」と差し出されたヌードルを1分も待たずに食す。う、うまい。人生で食べたカップヌードルの中で一番うまいかも。ちなみに二番目にうまかったのは、昨日の暴風雨の中、休憩した日置エイドで食べたカップヌードル。テーブルにはオニギリが山盛り置いてあり、ラスト1個の明太子、更にシーチキンまで頂いてお腹いっぱい、幸せになった。

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さて、これからが萩往還で一番怖いと言われる三見駅玉江駅間の8kmコース。ここまで思ったよりも時間が掛かったという漠然とした焦りもあり、単純に眠気覚ましのためもあり、上り以外はちょっと走ってみることにした。駅を左に出て最初の踏切手前を右折。そこまでついてきてくれた地元のスタッフの方と別れてヨイショと走り出す。道幅が狭く、昨日の暴風雨のせいもあるのか路面がかなり荒れており確かに走りづらい。自分はむしろ上りは走れるが下りはまったく走れない。結局3人でフラットな区間だけ走る。
少し走ると暗闇にエイド発見。嬉しいことにビートルズを大音量でかけている、我々が到着したときにはGet Backがかかっていた。でももう戻れない。結構メニューが豊富で何を食べようか嬉しい悩み。お、煎餅だ!と口に放り込んだら柔らかい。「なんだ、さつま揚げか。煎餅かと思った」と言ったらエイドの方が「さっきも煎餅と間違えた人がいたなぁ(笑)」とおっしゃる。コーヒーをブラックで頂いて出発。また踏切を越えて海沿いへ。次の私設エイドは併走していたランナーさんの仲間がやっており、おしゃべりで盛り上がっていた。しかしこんな時間にこんな寂しい場所で、それも海沿いでかなり寒いのによくエイドを開いているなぁ、と内心かなり感心する。
そこから更に頑張って走り続けて前の4人に追い付く。街中を抜けて意外に長い路地を歩いてやっとのことで玉江駅エイドに到着、ここは午前2時から始発が来る午前6時までの時間限定エイドで、CPではない。9年前に来たときは「ここは250kmランナー専用のエイドです」とすげなく立ち寄りを断られた記憶がある。今度は堂々と立ち寄って温かい飲み物を頂いてから出発。2、3人のランナーが駅舎内で仮眠をとっていた。道路沿いに進んで橋を渡ると左側が萩城跡。9年前は140kmの荷物受取所となっており、ここで着替えてライト等を預け、早朝から爆走した記憶が蘇る。しかし現在は萩往還のコースには入っていない。突き当りを右折して海沿いの公園がCP11 浜崎緑地公園:198.5km地点、到着時間は午前2:17。説明会でも散々注意されたが、確かに暗がりにあって無人なので分かりづらいCPだと思う。

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もうこのへんで全員眠くて限界となったため、いったんコース沿いのローソンに入ってコーヒーを飲むことにする。ここがちょうど200km地点。私を含めて3人は店先にどっかり座り込んで数分間寝込む。夜風が露出した足を冷やすも眠気が勝る。チーム山口が出発する頃に起き上がり、とりあえず先に行って頂いて一人でコーヒーを飲みながら歩く。なんとか復活したつもりでフラットな街中の車道沿いをヨタヨタと数十メートル走っては歩く、を繰り返して前を追う。暗闇の中、対向車線の歩道をすでに虎ヶ崎周回を終えたランナー達が向かって来る、速い。
なんとかチーム山口6人組に追い付いて、そこで歩くとまた眠ってしまいそうなので、ちょっとだけ先に行かせてもらうつもりでヨタヨタとペンギン走りを続ける。笠山入口の表示が出たら車道を外れて左折、少し行って池を右に見ながらまた左折して時計周りの周回に入る。前後に誰もおらずほぼ真っ暗。今までずっと誰かについて走ってきたので初めて地図を見ながら一人で走る。地図をDLした携帯をにらみながら笠山山頂方面に向かい、山頂に行く手前の分岐を左へ。ちなみに9年前は笠山山頂がCPであったが今は違う。暗い道を地図通りに左に曲がりながら下りていく。あれ、舗装がアスファルトでなくコンクリートになった、私道っぽい。そのまま坂を下り切ったところで門があって行き止まりに見える。行けるか、行けないよな、としばらくウロウロするもやはり行けそうもない。仕方なく下りてきた坂を上ったところで後ろから2人組が来る。「こっちじゃないみたいですよ」と3人で迷っているところに更にもう1人ランナーが来て、先ほど自分が下った坂を下りていく。が、しばらくして諦めて上ってきた。「誰かコースを知っている人が来るまで待とう」ということになり、4人で笠山山頂への分岐点まで戻って待っているとランナーがやってきた。「こっちですよ!」と正しいコースを教えてくれたそのランナーさんはものすごいペースで坂を上っていく。先ほどは分岐を左に行ったが、正しくは右というか直進。もう少し上るとまた分岐があって、そこを左に行くのが正解。これは分かりづらい。一緒にいたランナーさん曰く「250キロは初めてじゃないけど、こんな早くて暗い時間に笠山に来たのが初めてだったから分からなかった」とのこと。よく見ると我々に正しいコースを教えてくれたランナーさんはゼッケンBの140kmランナーだった。「まさか140のトップ?」「いえ、トップではありませんが前の方にいると思います」と言って軽やかな足取りで走り去っていった。同じランナーとはいえ、彼よりも24時間長く動いている我々には到底出せない速力であった。

結局、今回初の痛恨ロストで30分ほど無駄にした。140kmランナーさんは当然のこと、前の3人にもついていくことが出来ず、文字通り真っ暗闇の中を一人とぼとぼと歩く。装着していたヘッドライトの電池が切れてきたのか、やけに光が心もとなくなってきたが、あと30分もしないうちに夜が明けるだろう。そのうち完全に明かりが消えたが電池を換えるのも億劫でそのまま歩く。島の対岸に到着、看板を見ると「つばきの館まであと1.5km」まだそんなにあるのか!力が抜ける。本当の真っ暗闇の中をひたすら歩いてやっとたどり着いたCP12 虎ヶ崎・つばきの館:207.4km、到着時間は午前4:40。ここでつごう3回目のカレーを頂く。チーム山口6人組がすでに到着しており「あれ、どっかで寝てたの?」と言われる。たいしてお腹も空いていないのでカレー小を頼むも、数名のランナーの注文が重なって案の定カレーの普通盛りが出て来た。それもアッツアツで速くは食べられない。その間にチーム山口においていかれてしまった。9年前に来たときは確か午前9時頃で、カレーを食べながらビールを飲んで正面に座った250kmランナーの方とおしゃべりを楽しんだ。食べ終わってそろそろ出発しようとしたところ、そのランナーさんに「もう間に合わないからオレはここでリタイアする」と言われ、驚いて食堂を飛び出した記憶がある。それと比べると今日はまだ13時間もある。残り43km、9年前よりは時間的余裕はあるがコンディションは今年の方が断然悪い、走れない。

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つばきの館を出て時計周りに海沿いの自然探勝路を速足で歩くと、本格的に夜が明けてきた。周回を終えて池まで戻ってきたところでFさんとすれ違う、実に半日ぶり。「座骨神経痛が酷い」とのことで苦しそうだが、こちらもほとんど走れないのでそのうち追い付いてきてくれるはず。車道沿いコースに戻って、ガンガン走りたいところだが足指の激痛がそれを許さない。ちょっとペンギン走りをしてはガードレールに手をついてシューズを脱いでむくんだ右足を開放、また数十メートル進んでは立ち止まって右足開放。つま先を斜め前に向けてカカトから着地するペンギン走りのせいで、もはや右膝も崩壊中、痛みとともに腫れてきた。あー、なかなか前に進めずもどかしさばかりが募る。
そのときちょうど対向車線の歩道に見覚えのあるランナーが来た。CP5立石観音からCP4沖田食堂まで再度パンチを打ちに戻ったパネラーのTさんだ!あの悪天候の中、往復20kmも追加で走って、なお元気に走っている。もはや超人か。Tさ~ん、間に合ったんですね、と声をかけたら笑顔を返してくれた。ちょっと感動。

チーム山口は本格的に走り始めたのか、だいぶ前方にも姿が見えない。と、山口組の1人が歩き走りをしているのに追い付く。「ずっと膝裏が痛くてもう走れない」とのことで、二人でちょっとだけ走ってはまた歩いてを繰り返して前を追う。先ほどコーヒーを買ったローソンまで戻る手前を道路の石灰指示どおりに左折。そこから1kmほど直進して松陰神社北の信号を越えて小さな茶色い鉄の橋を渡り川沿いに左折。500mほどでCP13 金照苑:215.7km、到着時間は午前6:18。残すCPはあと1ヶ所、1km先にある。延々と坂を上ってそこから見下ろしたところにラストのCP14 陶芸の村公園:216.6km、到着時間は午前6:40。CP8 静ヶ浦キャンプ場だけ諸事情により空欄のままだが、これで全CPのパンチを無事に打ち終えた。ここのエイドは午前7時からでまだ開いていないため、とりあえずペットボトルに水だけもらった。

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残されたミッションは、ただひたすら往還道を進んで制限時間内に瑠璃光寺まで生還すること。残す距離は35km、制限時間は11時間以上。普通に考えれば余裕だが、まともに走れないことを考慮すると3km/時間のペースでは33kmしか進めず関門アウト。まだまだ安全圏とは言えない。実際この後、予想をはるかに超えた苦しみが待っていた。(次で終わるつもり)